薬物代謝とは。薬の早く効く、効かないの理由は肝臓の働きにある
薬の効き目と密接に関わってくるのが、肝臓の代謝機能です。
薬はお水と飲むのが一般的ですが、お茶で飲んでも大丈夫なんて勘違いしていませんか?
薬と一緒に飲んではいけない代表例としてグレープフルーツジュースは有名ですが、それには薬が肝臓で代謝されるということと深く関係しているのです。
薬の代謝について、とても分かりやすく薬学博士が解説いたします。
代謝の早い遅いとはどういうこと?薬の代謝の個人差とは
代謝には個人差があります。
お酒に比較的酔わないひとは、アルコールの代謝が早く、一方、お酒に酔いやすいひとは、アルコールの代謝が遅いことが知られています。
これは、薬の代謝にも同じことがいえます。
薬は血流にのって全身に運ばれることで薬効を発揮しますが、薬の効き目が弱いひとは、血液中の薬の濃度がすぐに下がってしまう傾向が考えられます。
それを分かりやすく図に示すと次のようになります。
▼薬の服用後の経過時間と、有効成分の血中濃度
薬は血中の濃度が有効量以上にならないと効き目が出ないと考えられています。
薬の効き目が弱いひとの場合、この図のオレンジ色の線ように代謝が早いために飲んでもすぐに有効量を下回ってしまうわけです。
一方、薬が効きすぎて副作用が出てしまうひとの場合の血中濃度は図の青色の線のようなカーブを示していると考えられます。
代謝が遅いひとの場合、血中の薬の濃度が高くなりやすく、また中々下がらないため、薬が長時間にわたって強く効きすぎるために副作用など好ましくない症状が出やすくなってしまうわけです。
代謝速度の差は遺伝的な違いによるもの
こうした差は、遺伝的な違いによるものです。遺伝的違いが代謝酵素の活性の高さに影響しているからです。
このような遺伝的違いのことを専門用語で、「遺伝子多型」といい、単に「多型」と呼ぶ場合もあります。
私たちの遺伝子には型があります。型といえば、もっともイメージしやすいのが血液型でしょう。
遺伝子にも血液型と同じように型があって、その違いによって酵素の活性も異なるため、薬の代謝に早いとか、遅いといった違いが生じるわけです。
お酒に強いか弱いかがひとによって違うのも、これと同じようにアルコールを分解する酵素がそれぞれひとによって型が異なることから生じます。
少し専門的な話になりますが、たくさんの分子種があるシトクロムP 450のうち、遺伝子多型が多い分子種(CYP 2D6やCYP 2C19)についての研究が進められています。
なぜなら、遺伝子多型が多ければ、それだけ薬を飲んだときの個人差が大きい可能性があるからです。
こうした差がある場合、実際の医薬品でどのようなことが考えられるでしょうか。
例えば、抗ヒスタミン薬は、花粉症などのアレルギー治療にも用いられる他、市販の風邪薬にもよく配合される薬ですが、副作用として眠気がでる場合があります。
そのため、抗ヒスタミン薬が含まれている医薬品の注意書きに、服用後には車の運転を控えるよう書かれてあります。
これは、抗ヒスタミンの代謝が遅い遺伝子の型を持つひとが、この薬を服用した場合に、薬が効きすぎて副作用の眠気が強く出てしまう可能性を示唆するものです。
遺伝子の型ごとに治療を最適化するパーソナライズド・メディスン
現在でもすでに、いくつかの分子種についてはそのひとがどんな遺伝子の型であるかを検査で調べることができます。
このように個人の持つ遺伝子の型によって、治療法を最適化する方法のことを個別化医療(パーソナライズド・メディスン)とか、プレシジョンメディスン(Precision medicine)といいます。
薬の効き方など、個人に合わせた医療を施すことでより精密な治療を提供することができるため、これからの新しい医療法として注目されています。
肝臓の代謝機能で重要な「シトクロムP450」の働き
シトクロムP 450なんて言葉、専門的で難しそうだと思ったあなた?大丈夫です。順を追って説明していきますね。
まず「代謝」とは、酵素によって化合物が分解などの化学変化を受けることです。
代謝には様々な酵素が関わっていますが、その中でも酵素であるシトクロムP 450はとりわけ重要です。
CytochromeはよくCYP(シップと呼びます)と略され、また単にP 450と略されることもあります。
CYPは、ミクロソームやミトコンドリア中に含まれる酵素の総称です。
ミクロソームとは、私たちの細胞をすりつぶした後に遠心分離という操作によって取り出されたある分画のことです。
ミトコンドリアは、中学や高校の生物でもよく習うと思います。私たちの細胞の中でエネルギーを生産してくれるというきわめて重要な働きを持つ細胞内小器官のことですね。
シトクロムP 450という名前の由来
CYPとかP 450などというと、ロボットか何かの暗号のような印象を受けますが、はたして名前の由来とは何でしょうか?
シトクロムはヘムタンパク質のひとつです。おっと、また難しい言葉がでてきましたね。
ヘモグロビンは血液中にある赤血球中に存在し、酸素と結合することで血管内を通って身体中に酸素を運ぶ役割を持つことがよく知られているかと思います。
ヘモグロビンと聞くと、鉄を連想するひとが多いかと思います。貧血の原因のひとつに鉄分が欠乏していることが上げられますが、これはヘモグロビンに鉄が含まれていることと深く関係しています。
ヘモグロビンもシトクロムもどちらも鉄を含むタンパク質であり、これらを総称してヘムタンパク質と呼ぶわけです。
シトクロム中の鉄と一酸化炭素(CO)が結合したときに450 nmの波長を吸収する性質を持っていることから、シトクロムP 450と名付けられました。
ちなみに、一酸化炭素は、ヘモグロビンと非常に強く結合することで知られており、その結合性は酸素の200~300倍も高いと言われています。
そのため、火災発生時など、不完全燃焼により発生した大量の一酸化炭素を吸い込んでしまうと、一酸化炭素の結合が強すぎて酸素が体内に行き渡らなくなるため中毒症状を引き起こしてしまうわけです。
シトクロムP 450の働き
お酒や薬、食べものなど私たちが口にするものはすべて身体の中では異物と判断されます。生体機能として私たちの身体は、それら異物を排除しようとします。
私たちの身体から異物を排泄するルートとして、糞か尿がその大半を占めますが、他にも汗や呼気などがあります。
どういったルートで排泄されるかは、異物の化学的性質によります。
そのまま形を変えずに排泄される化合物も中にはありますが、ほとんどの化合物は排泄される前に代謝を受けます。
つまり、代謝はそれぞれのルートに適した排泄しやすい形に化合物を変える作用であると言い換えることができます。
例えば、尿として排泄される場合、化合物が代謝されることによって尿中の水分に溶けやすくなるように形が変えられます。
そして、代謝にもっとも大きく寄与している臓器が、肝臓です。
肝臓の中には多くの酵素が含まれており、それら酵素の中でとりわけ大きな集団がシトクロムP 450です。
シトクロムP 450の主な働きですが、代謝という過程は、多少専門的になりますが、大きく第Ⅰ相反応と第Ⅱ相反応という二つに分けられます。
第Ⅰ相反応 |
化合物をある箇所の結合を切断して分解したり、逆に化合物の一部分に酸素をくっつけたりすることで化合物の性質を水に溶けやすいものに変える。 |
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第Ⅱ相反応 | 抱合反応といって、化合物に対して、硫酸やグルクロン酸と呼ばれる水に溶けやすい化合物をくっつけてしまう反応のこと。 |
シトクロムP 450は、この二つのうち、第Ⅰ相反応に関わる酵素です。
シトクロムP 450の代謝による第Ⅰ相反応のあとに第Ⅱ相反応である抱合反応が起きることで、より化合物の水溶性がさらに高まり、体外に排泄されやすくなるのです。
シトクロムP 450の種類
シトクロムP 450にはたくさんの種類があります。地球上の全生物のものを合わせると700種類以上ともいわれており、ヒトにおいては約50種類ほどあることが報告されています。
シトクロムP 450は、大きく4つのファミリーに分類されます。
それぞれのファミリーからさらに分類されるサブファミリーに番号とアルファベットを使って名前が付けられており、それらをCYP分子種と呼びます。
あとで代謝に関わる問題など、具体的な分子種をいくつかあげたいと思いますが、ここでは分子種の中でももっとも多く存在し、薬の代謝にもっとも多く関わっているとされるCYP 3A4を紹介します。
CYP 3A4は、肝臓中のシトクロムP 450の中で約30%の存在量を占めており、薬の代謝において約50%関わっているといわれています。
CYP 3A4は、薬の代謝においてとりわけ重要な分子種ですが、その酵素活性(酵素の働く強さ)には、約10倍近い個人差があるといわれています。
また、薬の代謝がどの分子種によって代謝を受けるかは、薬の中の成分によって個々に異なります。
つまり、多くの薬はCYP 3A4以外に3種、4種というようにいろんな分子種によって枝分かれするように複数のルートで代謝していきます。
こうしたルートのことを代謝経路といって、製薬会社がこれまでにない新たな化合物による医薬品を開発した際には、とても重要な情報になります。
このように、薬の代謝には、薬によって関係してくる酵素の種類が異なり、またその酵素の活性にも個人差があるため、とても複雑なものであることが分かると思います。
代謝が影響を受ける「薬の併用」と「薬と飲み物などの飲み合わせ」
代謝における個人差以外にも、代謝に影響を与える要因はいくつかあります。
いくつかの薬を同時に服用することや、食べものや飲みものも薬の代謝に大きな影響を与えるのです。
私たちが病院で診療を受けた際に処方してもらう薬は、何種類かある場合が多いですよね。市販薬の風邪薬でも薬効を持つ有効成分は複数含まれていたりします。
処方薬の場合、複数の薬を一緒に飲んでも大丈夫な組み合わせであることを医師や薬剤師が確認した上で処方されています。
市販の風邪薬は、複数の成分を一緒に服用しても問題ないことがメーカーから保証されています。
ですが、病院でもらった処方薬と薬局で買ってきた市販薬を勝手に一緒に飲んではいけません。
一緒に飲んだ中で互いの薬の代謝に影響を与えるような組み合わせだった場合、たいへんなことになるかもしれません。飲む前に医師や薬剤師といった専門家にきちんと相談しましょう。
こうした問題は、代謝の「阻害」や「誘導」を知ると理解が深まり「へぇ~」となりますので、一緒に学んでいきましょう。
代謝の阻害と誘導
- 阻害とは
- 代謝が何かによって遮られたり、抑制されたりすること。
- 誘導とは
- 逆に代謝が何かによって活性化されて促進されること。
通常ひとつの薬だけを服用した場合は問題なかったとしても、複数の薬を服用することによってその量がCYP 3A4の代謝能力を上回った場合、薬が代謝されないまま血中の濃度が上がってしまう可能性があります。
もしも高速道路で料金所の窓口がひとつしかなかったら、大渋滞になりますよね。それと同じようなことが薬の代謝でも起きているとイメージすると分かりやすいでしょう。
代謝が阻害されると代謝が進まなくなるため、阻害された薬の血中濃度は上がります。
先ほどの図、青いカーブと同じような状態になります。副作用が心配ですよね。
一方、代謝が誘導されると代謝が活発になって進みすぎてしまうので、誘導された薬の血中濃度が低くなるため、薬の効き目が弱くなる可能性があります。図のオレンジ色のカーブと同じようなイメージです。
誘導のもうひとつの問題は、薬がどんどん代謝されてしまうことで、その薬の代謝物の血中濃度が高くなってしまうことです。
もしもその薬の代謝物が身体によくない影響を与える物質であった場合、その代謝物による副作用がでてしまいます。
代謝の阻害や誘導で起こる不具合の具体例
代謝によって毒性が強くなる事例としては、ベンゾピレン(不完全燃焼時やたばこの煙に含まれる発がん性物質)やアルコールが代謝されて発生するアセトアルデヒド(二日酔いの原因物質)がよく知られています。
冒頭に登場したグレープフルーツジュースは、CYP 3A4の代謝を阻害します。そのため、CYP 3A4で主に代謝されるような薬とグレープフルーツを一緒に飲んではいけないのです。
煙草に含まれるニコチンはCYP 1A2を誘導することが知られていますので、喫煙者の場合は、CYP 1A2で代謝される薬の代謝が亢進してしまうため、薬の効き目が弱くなる可能性があります。
ちなみにCYP 1A2で代謝される物質として、コーヒーやお茶に含まれるカフェインがあります。
そのため、代謝について考えるとき、ニコチンはカフェインを代謝するCYP 1A2を活性化しますので、煙草とコーヒーという組み合わせの相性はよいといえるかもしれません。
ただし、煙草は健康を損なうという側面もけっして忘れてはいけません。
なお、CYP 1A2は妊娠時に活性が低くなるといわれています。そのため妊娠中はカフェインを摂らない方がよいとされているわけです。
薬の代謝は奥深い
以上、代謝と、代謝酵素のシトクロムP-450について学んできました。
薬の効く、効かないと一言で言ってしまえばそこまでなのですが、身体の中ではこんなことが起こっていたのですね。
少し専門的で難しい部分もあったかもしれませんが、薬の代謝には、様々な酵素が関わっていて、食べものや飲みものとも複雑な関係性があるということだけでも知っておくことで、今後お薬を飲むときの知識として役立てばと思います。