キツネや犬から感染するエキノコックス症の症状・感染経路

感染症による肝臓病は、特に日本ではB型肝炎、C型肝炎などのウイルス性肝炎がよく知られます。

感染症ではありませんが、「寄生虫」が肝臓を著しく害する症例も近年報告されています。

寄生虫が原因となる病気を「寄生虫病」と呼びますが、激しい肝障害を起こす寄生虫病として知られるのが、動物の糞(ふん)を媒介して起こる「エキノコックス症」です。特に北海道で多く見られる非常に恐ろしい寄生虫病です。

肝臓や脳に幼虫が寄生する!エキノコックスの感染経路と報告事例

エキノコックス症には「多包虫症(たほうちゅうしょう)」という別名があります。これは「多包条虫(たほうじょうちゅう)」と呼ばれる寄生虫の卵からかえった幼虫が、肝臓や脳などに巣食うことに由来します。

▼寄生虫卵
エキノコックス(寄生虫卵)の顕微鏡写真

▼多包条虫
エキノコックス(多包条虫)の顕微鏡写真
(出典:エキノコックス症(多包虫症)|Life with Pet バイエル薬品株式会社 動物用薬品事業部)

多包条虫は主にキタキツネを宿主とし、その糞便の中の卵がイヌなどの家畜の体内に入り込んで、これが何らかの事情により人間の体内に入りこむことで起こる寄生虫病がエキノコックス症の典型です。

キタキツネに寄生

糞便の中の卵がイヌや家畜に入り込む

接触などによる人間への感染

キタキツネは北海道にしか生息しませんが、本州でもエキノコックスの存在が報告されていますので、主に本州に生息する「ホンドギツネ(本土狐)」が触媒となっている可能性もあり、北海道だけの脅威ではありません。

ちなみに本州で報告されたエキノコックス(寄生虫卵)は、

  • 2005年・・・埼玉県で捕獲された犬の糞便から
  • 2014年・・・愛知県知多半島で捕獲された犬から

という2例があります。
(参考:エキノコックス症-Life with Pet(バイエル薬品株式会社))

上記2例は「エキノコックス症」ではなく、エキノコックスが見つかったという例です。

しかし例自体が少ないので、もしかしたらエキノコックス症を看過した肝障害や脳障害が人知れず起こっていたかもしれません。

実際、「エキノコックス症」の発症例は北海道、愛知以外にも全国に広く分布していますので、地域によらず注意が必要です。ちなみに東京の報告が多いのは、都内よりも諸島部での症例が多いという理由が合致する可能性が高いでしょう。

▼多包性エキノコックス症患者の地域分布
多包性エキノコックス症患者の地域分布
(出典:多包性エキノコックス症患者の地域分布-NIID国立感染症研究所)

寄生経路の概要としてはここまでのお話のとおりですが、1点付け加えるとするなら、キタキツネ(ホンドギツネ)が野ネズミを捕食する習性があることから、野ネズミにエキノコックスが寄生すると考えられていることです。

▼多包性エキノコックス症の感染経路
多包性エキノコックス症の感染経路
(出典:多包性エキノコックス症の感染経路-NIID国立感染症研究所)

エキノコックスのヒトからヒト、家畜からヒトへの寄生は大丈夫なの?

可能性としては、ヒト以外にもイヌやブタなどの家畜にも寄生しえます。その際に、エキノコックスが寄生しているブタ肉を食べたからといってエキノコックスがヒトにも寄生するということは考えられません。

ただし、イヌを触媒としてヒトに寄生することは十分考えられます。たとえばキツネの糞便や野ネズミからイヌに寄生し、ヒトがそのイヌとの接触を持ち、気づかずに口からエキノコックス卵が入り込むリスクがあります。

かわいいペットのワンちゃんとの接触からエキノコックスが寄生する可能性がありますので、いくらかわいいからといってもむやみにペットと濃密な接触を持つのは正直考え物なんですね・・・

エキノコックスは、卵の状態では人体に影響をおよぼすことはありません。しかし卵からかえった幼虫が腸壁から侵入しはじめ、血流もしくはリンパに乗って身体中のあちこちに運ばれ、そこで定着、増殖します。

肝臓は、多くの血液が流れ込む非常に大きな臓器ですから、肝臓がエキノコックスにとって定着場所となりやすい臓器であることは、想像に難しくありません。あまり想像したくはないですけどね・・・

かなり大きな脅威となるエキノコックスですが、ヒトからヒトへの寄生はありません。あくまでも、直接エキノコックスの卵を口から摂取することだけが寄生の条件になります。

寄生されたらどうなるの?エキノコックス症であらわれる症状

エキノコックス症は寄生虫病です。厳密には、感染症とは異なります。しかし潜伏期間が長いところなど、感染症と似通った症状経過をたどることが多いです。

エキノコックスの潜伏期間は10年以上におよぶことがあります。

寄生後10年以内の無症状期間を「初期」と定義しますが、自覚症状が現れるようになる時期については個人差や寄生したエキノコックスの種類にもよります。上記のエキノコックスは「多包性エキノコックス」という種類です。

エキノコックスは多包性と単包性の2種類に大別され、寄生するとそれぞれ症状が異なります。

単包性エキノコックス寄生による症状
肝腫大(※)、肝腫大の周辺臓器の圧迫による腹痛、胆道閉塞、胆管炎の併発(ときに破裂することも)

※肝腫大(かんしゅだい)・・・何らかの原因により肝臓が肥大して、肝容積に異常な増大が起こる症状

多包性エキノコックス寄生による症状
サボテン状に連続した充実性腫瘤(しゅりゅう)の形成、進行による肝腫大、腹痛、黄疸(おうだん)、肝機能障害など。悪化による閉塞性黄疸、病巣の中心壊死(えし)など重篤化し、末期には腹水や脚・足に強いむくみが出現する。

(参考:臨床状態-エキノコックス症とは(NIID国立感染症研究所))

多包性エキノコックス症では、重度化すると胆汁の嘔吐がみられることもあり、最悪なケースでは脳障害にまで進展します。脳障害のケースでは、強いけいれんや意識障害が起こり、死に至ることも多いです。

エキノコックス症の検査や診断はどのように行われるの?

エキノコックス症の症例自体は決して多くありませんが、意外と身近な寄生虫病であることをご理解いただけたかと思います。潜伏期間が長いだけに非常に怖いです。それゆえ検査方法などを知っておくのも有効です。

エキノコックス症の検査方法
  • 肝臓の摘出、生検・・・包虫あるいは包虫の一部の検出
  • 血清・・・ELISA法又はWestern Blot法による抗体の検出

(参考:エキノコックス症-感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について(厚生労働省))

基本的には上記の検査によって、実際にエキノコックス包虫を認めるか、血液検査により抗体を有するかでエキノコックス症の診断を行います。また、CTやエコー(超音波)などの画像検査により診断することもあります。

エキノコックス症の治療方法・予防方法は?

エキノコックスが寄生したと診断がくだったら、直ちに治療を行う必要があります。エキノコックス症の唯一の根治療法は「外科療法(手術療法)」です。ただし、進行している病巣を完全に切除することが難しいケースもあります。

切除が難しい状況に至らないためには、とにかく「早期発見、早期治療」が絶対条件です。なかなかエキノコックスを検査しようという動機付けはないように思いますが、以下のケースでは要注意です。

エキノコックス検査の動機付け
  • 外飼いのペットとの接触がある
  • 野草、野生キノコ、自家栽培野菜などを食べる習慣がある(特に生食)
  • 湧き水を飲むことがある
  • 川魚(刺身、生焼け)を食べることがある

エキノコックス症は身近な寄生虫病であると考える必要があります。一般的な感染症・寄生虫病とは異なる検査の動機付けが必要になります。またこのことから予防法も導かれることになります。

エキノコックスの予防方法
  • ペットを放し飼いしない、散歩中他動物の糞便に近づけない
  • 野草、野生キノコ、自家栽培野菜などはよく洗って十分に火を通して食べる
  • 湧き水はそのまま飲まない、持ち帰って煮沸して飲む
  • 川魚は十分火を通して食べる

エキノコックス寄生を予防するためには、「ペットの管理」と「口にするものは火を通す」ことが肝要です。一説では、60℃以上で30分以上熱を加えてから食べれば予防できるといった情報もあります。

そこまでやるとなると、味もヘッタクレもないではないか、とも正直思いますが、まさに「背に腹はかえられない」という状況ですよね・・・ところで、「湧き水」については少し説明を加えます。

要は、水が湧いているところ、もしくはその上下流域にキツネの糞があったりすると、水にエキノコックス卵が混入している可能性があるという解釈になります。エキノコックスの卵の大きさは「0.03ミリ」との情報もあります。

つまり、1mmを100等分したもの3つ分です。とてもではないけれど、流水中にこれをみつけることは不可能でしょう。それゆえ、あの美しい流れであっても、生水を飲むだけでエキノコックス寄生のリスクが生まれてしまうのです。

また、川魚に関しても同様のことがいえます。清流にすむ美しい渓魚であっても、目に見えないエキノコックス卵が寄生している可能性が考えられます。食べるなら十分火を通して食べましょう。

特に、エラの部分や背骨部分の血合い(背血合い)にはエキノコックス以外の寄生虫もつきやすいので、エラは取り除き、背血合いは完全にふき取る(もしくは洗い流す)ようにしましょう。

イワナのお刺し身はコリコリしてほんとうにおいしいですけどねぇ・・・(涙)安全のためには、やはりお店の「(十分に管理されたいけすの)養殖もの」に限定して食べるようにすべきでしょうね。

お魚にしても植物にしてもそうですが、食べるということはすなわち「命をいただく」ということですから、ノーリスクはあり得ません。とはいえ、回避できるリスクは回避する努力を惜しむべきではないでしょう。

目に見えないものとの対峙は「万一を想定すること」が前提!

ウイルスや細菌のような目に見えないものとの遭遇は非常に恐ろしいです。寄生虫でもアニサキスのように目に見えるものならまだしも、エキノコックスともなると不可視ですからかなりの強敵です。

目に見えないものと対峙するときは、「もしかしたらここに生命を脅かす何かがいるのかもしれない」と考えることが大切です。つまり、「万一を想定すること」が、安全を確保するための大前提になります。

かわいいペットとの接触やきれいでおいしい食べ物、お水など、私たちにとって大きな魅力となる対象だけに、ともすれば警戒心が薄れてしまうこともあるでしょう。しかしそんなときこそ、エキノコックスや感染症のリスクが生まれるのです。

そのことを忘れず、日々を大事に生活していきたいものです。また、エキノコックスの脅威は北海道だけではないことも、本州にお住まいの方はよくよくご理解いただきたいものです。

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